3月16日(金)に下関市であった中山間地の未来を考えるセミナーは、3人の講師のお話がとてもよかった。今も時々、反芻している。
今日は、その中でも、島根県江津市桜江町のかわべまゆみさんの講演をふりかえりたい。
次の言葉に感銘を受けた。
「最近、よく言われる団塊の世代の争奪戦という言葉はよくない、嫌いです。この言葉には、都会が上で、田舎が下で、田舎同士がっ競争させられ、互いに傷つけあうイメージがあります。そうではなくて、田舎は手を結んで、都会からの流れをつくっていく必要がある。人は、結婚と同じで、それぞれ相性というものがあり、好きな田舎をみつければよいし、気に入った人にきてもらえばよい」という趣旨でした。
地方の側、田舎の側が、大都市に対して、競争や分断に乗せられず、それぞれのよさをアピールすることの大事さを説いたものだった。
賛成だ。とてもすばらしい発想だと思った。
競い合って互いに伸びていくことは、悪いことではない。
でも、都市上位になって、田舎が都市の言いなりにされて、互いに協力しあえるのにそれをせず、情報の交換、智恵とノウハウの蓄積と相互の利用などが行われなかったら、とても大きな損失だ。田舎側が一体となって、都市から田舎へ人口の移動を準備するときだと思う。
その場合、30分〜1時間往復できる地方都市を重視することが必要だと思う。
そんなまちの人の力を借り、交流の場を大切にする。
あったか村福賀を支える人的基盤が、近い萩市街であり、
たとえば、宇部市なら小野や楠、周南市なら鹿野や須々万
など、「距離で無理や犠牲のない村作り」のあり方が、
今後はもっと進むのではなかろうか。
そうした地方中心都市の人の基盤と東京大阪広島など大都市からの移住者、それと地元との協力のパターンが、それぞれに創意工夫されて、できあがればすばらしい。
距離の要素と蓼食う虫も好き好きという好みの要素とのミックスかなあ。「萩市街ーあったか村福賀」というパターンも、そんなあり方のモデルケースになるかもしれない。追求したいものだ。
時間軸も加えると、週に一回の人、月に一回の人、季節に、年に一回人など、田舎へ行くことの豊富なバリュエーションを作れる。
そうした立体的な進め方が必要になってくるのではなかろうか。
4年前には、あったか村構想は「前代未聞の新基軸」と気負ったところもあったが、島根県や高知県での過疎先進地での大胆な取組みや、同じ山口県でも個人・グループの試行錯誤を見て知ってみると同じようなことで苦労されている。
●都市から農山村へ人の流れをどう作り出すか
●食べて行ける経済的な基盤・雇用、仕事をどう作っていくか(小さな産業化)
●行政に頼らず自らのグループやネットワークでどう作っていくか、
そして帰着するところは、人です。
この三つのことが、大きな課題だ。
マジックやミラクルなパワーがほしいと思わざるをえない。
「石見がなくなったら、日本はなくなる」「過疎地が駄目になってしまったら、日本は駄目になる。」「そうならないために、私は、極上の田舎をつくりだすために、踏んばって、踏みとどまります」
かわべさんは、講演をこのように締めくくった。
こんな熱い思いがあるかぎり、都市から田舎への里山再生の流れは、きっと大きな人の流れになっていくにちがいない。
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